安全で意味のある筋生検を行うために

筋生検に関する基本的な考え方
安全な筋生検を行うために
役に立つ情報が得られるために


筋生検に関する基本的な考え方

筋生検は極めて重要な検査です。
筋生検によって診断が確定する病気がたくさんあります。
筋生検を行わないと診断ができない病気もたくさんあります。
筋生検を行わずに診断が不確かなまま治療を開始すると、診断が間違っていたときにあとから考え直すことが難しくなることがあります。
筋生検によって得られた組織を適切に保存しておくと、筋肉の疾患の研究に寄与できるだけでなく、その時正確な診断ができなくても、将来医学の進歩とともに正確な診断ができるようになったり、家族の遺伝カウンセリングに役立てたりすることができる場合が少なくありません。

多くの場合局所麻酔薬を用いて開放筋生検として実施されます。血管や神経などがあれば直視下で確認することができますし、出血があればすぐに止めることができますから、いろいろな生検の中では安全な部類に属すると考えられます。しかし、絶対に事故や失敗がおこらないとは断言できません。

安全な筋生検を行うために

 筋生検の手技そのものは難しいものではなく、外来小手術として対応可能なものです。以前は大学病院でも外来で実施しているところがありました。しかし現在は神経・筋疾患の精査の一環として入院中に実施することが一般的です。診察を十分に行い、事前に筋電図や画像検査を実施した上で適応を検討しなければなりません。術後の安静も重要ですし、感染などの危険をできるだけ避ける必要もあります。事前に適応や方法について十分検討し、安全な環境で実施するために、現在は精査のための入院の一環として実施することが望ましいと考えます。

筋生検で起こりうる事故と失敗には以下のようなものがあります。
1 筋生検手術と直接関係
   麻酔
    全身麻酔の事故 局所麻酔薬によるショック
   感染
   出血
   神経損傷  正中神経損傷
         皮神経切断による感覚障害
   手術創の離開
2 筋生検から有益な情報が得られない
   事前の検討が不十分
   不適当な検体の取り扱い

小児は全身麻酔下で実施することが多いので麻酔科医の協力が必要です。局麻薬のショックや感染の危険に関しては他の小手術でも同様でしょう。出血は筋採取後に十分止血を確認すること、術後1週間は手術部位の安静をとらせることが大切です。手術創の離開は真皮縫合を併用することで防ぐことができます。皮膚を切開したあとはメスを使わず、ペアンなどで鈍的に剥離することを心がければ、皮神経を傷つける頻度は少なくなります。正中神経の損傷は上腕二頭筋生検の事故として知られています。生検部位が内側によらないように注意することが大切です。手術中な術野以外は布でおおうことになりますから、手術室にはいる前に生検部位をマークしておくのもよい方法であると思います。

しかし、これらの筋生検手術に直接関係する事故は経験豊富な術者であればほとんどおこらないといってかまいません。実際のところ、これよりもはるかに頻度が高い失敗は、筋生検を行ったが何ら有益な情報が得られなかったというものです。確かにやむを得ない場合もあるのですが、患者様に痛い思いをさせたのに有益な情報が得られず、傷だけが残るわけですから、できるだけこのようなことを避けるように最善をつくす必要があります。

役に立つ情報が得られるために

 とどこおりなく筋生検を実施したのに有益な情報が得られないことがしばしばあります。その中には筋生検を行う目的が十分に検討されていない場合が多く含まれます。
 筋生検に何を求めるかは重大な問題です。筋の病理診断を受ける側の立場にたつと依頼する先生方の意図を以下のように分類できるように思います。
1)特定の疾患が疑われるので筋生検で最終的な診断をつけてほしい
2)診断の確定の上で根拠となる情報を提供してほしい
3)今後の経過を判断する情報を提供してほしい
4)学問的興味に答えてほしい
5)見当がつかないがやれば何かがわかるのではないか
臨床経過、神経学的所見、血液検査、筋電図など臨床生理学検査などを十分検討し、事前に筋生検がどのような質問に答えるのを目的とするのかはっきりさせることがとても大切です。臨床情報が乏しくても筋病理から診断がつく場合もありますが、できるだけこのようなことは避けるように心がける必要があります。

 次に筋病理診断を困難にする要因には以下のようなものがあります。
1)採取時の問題
    不適切な生検部位 筋線維がない
             病変が高度すぎて判断できない
    採取量があまりにも少ない
    採取した組織内に出血
    結合組織が多すぎる 筋膜や腱が多量に含まれている
2)凍結時の問題 
    乾燥
    水や生理食塩水に浸した
    冷やすための氷により部分的に凍結
    凍結がおそい
    筋線維の方向がわからなくなった
    凍結の間に倒れた
    術中に組織にかけた糸がそのまま残っている
3)凍結後の問題
    解凍された
    紛失